注意:ネタバレあります
藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>(1)ミノタウロスの皿 に収録されている「自分会議」の感想。
9「自分会議」の感想
時空を超え、くもりなき眼で見た己の姿に己は何思う。
1972年SFマガジン二月号掲載作品。
過去にタイム・トラベルして歴史を改変しようとする、タイムパラドックス系の作品であり、「じじぬき」のような『もし人生をやりなおせたら』という系統の作品でもある。
人間の内面に焦点をあて、その愚かさをコミカル、寓話的に描くなかでタイムパラドックスものの面白さも簡潔に表現した名作ではないでしょうか。
「自分会議」あらすじ
主人公は学生、おそらく18歳ぐらい。下宿に初訪問して感じる既視感。
幼いころ、この部屋に訪れたはず…。その記憶が蘇ったのでした。
そこに突然現れる、30歳前後の男。
この時間から約9年後、アラサーになった主人公で、自ら開発したタイムマシンでやって来たのだと言う。
アラサー主人公の狙いは、この日主人公に転がり込む幸運、時価三億円の山林。
この遺産の管理を自分に任せろと言う。
人生には無数の選択肢があり、選択のたびに世界は分岐して行く。
大元を辿ってやり直せば幸福が訪れる…。
分別の付いた年代の自分なら資産を有効に使える。…その為にこの時代にやってきたのですが、そこへ現れるのは23年後の主人公。
23年後、ハイパーインフレが起きるので不動産は持ったまま、現金化せず貧乏暮らしのまま我慢しろと言う。
今度は33年後の主人公が現れ、一切の土地が国有化される世界になるので土地の価値は消え去る。だから土地は宝石に変えて自分に預けろと言う。
要は皆、財産を自分によこせと言っているのでした。
埒が明かないので、多数決で採決を取っても偶数人なので結論は出ず。
ならば、直接の利害が絡まない世代にも意見を聞こうと、幼年期の主人公が呼び出されたのでした。
その幼年の主人公の前で繰り広げられる欲望むき出しの己の醜態。
それを見て将来を悲観した主人公は…。
そして誰もいなくなった…というお話。
タイムトラベルものに想う事
タイムマシンが登場するタイム・トラベル系SFの元祖といえるのは、1895年に発表されたH・G・ウェルズによる小説『タイムマシン』。
『タイムマシン』は、同じくウェルズの『モロー博士の島』や、古くは『ガリヴァー旅行記』のような冒険もの、ディストピアものに近い、タイムパラドックスという要素はあまりない作品ですが、これより40年以上経った1941年にロバート・A・ハインラインの『時の門』が登場する。
どこから入ってきたんだ、こいつは! 自分一人しかいないはずの部屋に突然現われた一人の男──その男はウィルスンに思いもかけない提案をした……タイム・パラドックステーマの不朽の名作といわれる表題作「時の門」をはじめ、突然公衆の面前で若い女性がストリップをはじめたり、痴呆めいた新興宗教が流行したりと、あらゆる奇妙な現象がとどまるところをしらず増大し、やがて……「大当たりの年」、地球から来た美人に恋人を奪われそうになった月っ子の物語「地球の脅威」など、巨匠ハインラインならではのセンス・オブ・ワンダーに満ちた傑作、名作7中短篇を収録!
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おそらく『自分会議』の元ネタになっていると思われるのがこの作品。
『時の門』は、何万年にも渡る地球文明の歴史の中でのタイムパラドックスを描くという壮大な世界観の物語。様々に張り巡らされた伏線が最後にすべて繋がる快感、「ああ、そうだったのか!」というカタルシス、パズルを解くような知的興奮。ハインラインの代表作『夏への扉』もそうですが、これがタイムマシン、タイムパラドックスものの魅力なのだというのは良く分かる。
それに比べると『自分会議』はより〝スモール〟。
〝あるある〟的なテイストで人間の愚かさが実に滑稽に、深刻ぶらないで描かれているのがいかにも藤子F的。
自分同士で自分の財産「3億円よこせ、ほかの自分はガマンしろ」と罵り合う光景は、相当シャレが効いている。
なおかつ、タイムパラドックスのパズル的辻褄合わせの面白さもある。そしてラストの強烈な風刺。その落差。
タイムパラドックスものの魅力が藤子F流に完全昇華されているのは、F先生の漫画家としての凄みを感じます。
タイムマシンと藤子F不二雄作品
「まんが道」では、漫賀・才野両名上京する前の富山在住の時代に「四万年漂流」という少年探偵が過去にタイムスリップする作品を雑誌に連載している。
これが初の藤子不二雄作によるタイム・トラベルもの作品になると思われますが、特に藤子・F・不二雄作品には“タイムマシン”への大きな思い入れを感じる作品は多い。
ドラえもんはタイムマシン無しには成立しない作品ですし、作中のタイムマシンを使ったエピソードの数は数え切れない。「T・Pぼん」というタイムパトロールものの名作もありますし、F短編作品もタイムマシンやタイムスリップを題材にした作品は数多く描かれている。
ただ、タイムパラドックスもののストーリー展開、時系列は、パラドックス(逆説、背理)というだけあって、突き詰めてよーく考えると辻褄が合っているような合っていないような、妥当なんだか矛盾しているんだか良く分からなくなってくるものが多い。
それこそがタイムパラドックスものの面白さかもしれませんが、そういう要素を全て改善して描かれたとも思えるのが、この二年後の1974年に発刊された「ドラえもん」第5巻に収録されているエピソード『ドラえもんだらけ』。
これはジャンル分けすると〝タイムループもの〟になる作品かと思いますが、この『ドラえもんだらけ』は違う時間のドラえもん五人が一か所に集まるというところが『自分会議』にそっくり。
どら焼きに誘惑され、のび太が溜めてしまった三日分の宿題をやらなければならない羽目になったドラえもん。一人でやるのは大変、手っ取り早く終わらせるためにタイムマシンで2時間後4時間後6時間後8時間後のドラえもんを呼び出し、五人のドラえもんで一気にのび太の宿題を片付けようとするお話。
インパクトのある場面、伏線から始まるサスペンス的要素。
その後タイムマシンを使って謎が明かされて行く演繹ストーリー展開。タイムループがどういう結果をもたらすか、その伏線一つひとつ繋がり、明かされていく快感はタイム・トラベルものの魅力そのものだと思います。
やっぱりタイム・トラベルものの魅力は深い。
『バック・トゥー・ザ・フューチャー』とか、『戦国自衛隊』とか、『時をかける少女』、『タイムパトロール』『時空の旅人』『猿の惑星』『タイムボカン』『ジパング』etc.…、じつに盛りだくさん。様々に趣向を凝らした作品群を見るにつけ、SFの黎明期から続く、SFの象徴とも言えるこのジャンルの魅力をもっと知りたいと思うのであります。
引用画像はすべて「藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>」より
「藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>(1)ミノタウロスの皿」について
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藤子・F・不二雄氏による短編の総集編。第一巻は1968年の「少女コミック」9月号に掲載された『スーパーさん』から1973年「ビッグコミック」4月10日号に掲載された『イヤなイヤなイヤな奴』までを年代順に収録。
巻末には藤子・F・不二雄氏の長女である藤本匡美さんによるエッセイ「こっそり愛読した父の作品」が掲載されています。
タイトル | 雑誌名 | 年月号 |
---|---|---|
スーパーさん | 少女コミック | 1968年9月号 |
ミノタウロスの皿 | ビッグコミック | 1969年10月10日号 |
ぼくの口ボット | 子供の光 | 1970年1月号 |
カイケツ小池さん | ビッグコミック | 1970年4月25日号 |
ボノム=底ぬけさん= | ビッグコミック | 1970年10月10日号 |
ドジ田ドジ郎の幸運 | SFマガジン | 1970年11月 増刊号 |
じじぬき | ビッグコミック | 1970年12月25日号 |
ヒョンヒョロ | SFマガジン | 1971年10月 増刊号 |
自分会議 | SFマガジン | 1972年2月号 |
わが子・スーパーマン | ビッグコミック | 1972年3月10日号 |
気楽に殺ろうよ | ビッグコミック | 1972年5月10日号 |
アチタが見える | ビッグコミック | 1972年8月25日号 |
換身 | SFマガジン | 1972年9月 増刊号 |
劇画・オバQ | ビッグコミック | 1973年2月25日号 |
イヤなイヤなイヤな奴 | ビッグコミック | 1973年4月10日号 |